Nekoya Press

YAPCという区切りは大きく重いがブログを書かなければ終わらないのだ

YAPC::Asia 2015が終わってもう一週間以上。やっと自分の中で少し消化できた感があるので今更ながらエントリ。

俺とYAPC

自分にとってYAPCは「楽しいお祭」というよりは、過去を見つめ直し、未来を見据えるための厳粛な式典という趣がある。

初参加予定だった2008年(チケット買ったけど行けなかった)と最後の区切りとなる2015年の両方に、会社の買収というイベントが重なるのも感慨深いものです。渦中まっただ中という立場ではなかったにしろ、自分の生き方が確実に変わる節目が何度かあって、その年その年のYAPCで自分の立ち位置を確かめて来た感があります。

必ずしも楽しいばかりではなく、悶々とする年も少なくありませんでしたが、それもこのイベントが自身にとって大きな意味を持つ儀式であることの表れでした。

この数年で、かつては村社会的なイメージが強く(※個人の感想です)、様々な理由からあまり表に出るような存在ではなかった「広告エンジニア」というもののイメージが大きく変わったことは自分の中でとても大きな変化でした。

きっとそこにはいろいろな要因があるだろうけど、@myfinderの功績は大きかったと改めて声に出したい。その世界の空気感というか時代感を変えるその力は本当に素晴らしいものだし、様々な場面で大きな支えになりました。ありがとう。

技術というもの

実のところ、近年は個別の要素技術に対する感心が薄れ気味でした。この業界の片隅で生きていくようになって15年、2〜3周の技術の移り変わりは見たという感もあったし、また技術者という存在の限界のようなものを感じつつあったのかもしれません。

ただ、環境の変化もあってか今年のトークは具体的にどれというわけでもなく、近年になくワクワクできたように思います。

Matzのトークで「技術は振り子のように揺り戻しがある」という表現がありましたが、自分はこうした流れを振り子ではなく螺旋と捉えています。

ある側面からは同じ所をぐるぐる回っているように見えて、着実に進んでいる。絶えずしてしかももとの水にあらず。その流れの中に身を置くことの重要性が改めて自分の中にすっと入ってきた気がする。そんなYAPCでした。

不惑とは

奇跡的なめぐり合わせによって、2008年に思い描いていた未来とはまったく違う環境に身をおくことになった今。

正直、会社員やってるとは思っていなかったのだけど、それが何がどうなったか数百人の会社に所属しているという事実。

人生わりとあっさり予想とか予定なんてものは覆るので、あんまり考えすぎても仕方ないよなと改めて痛感させられる昨今です。

40歳まであと3年という状況で、こうした場に居合わせているという縁を大切にして、じっくり進んでいきたいものです。

最後に、これだけ素敵な場をこれまで提供してくださった牧さんを筆頭とする全ての人々に感謝の意を。

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